こんにちは、あやっぺです!
今回は、平松愛理さんの『部屋とYシャツと私』について考察……
いえ、思うことをあれこれ書いてみたいと思います。
この記事は、あやっぺ個人の感じ方・読み方を言葉にしたものです。
特定の解釈を代表するものではありません。
はじめに
『部屋とYシャツと私』について
歌手・シンガーソングライターである平松愛理さんの楽曲。
リリースは1992年3月21日。
以下、平松愛理さんの公式Youtubeチャンネルに
楽曲のミュージックビデオが投稿されていました。
筆者:あやっぺについて
まずは「どういうヒューマンが考察してんねや?」をまず明確にしておきます。
あやっぺは以下のような感じです。
- 女性
- 30歳
- 既婚/夫を溺愛
つまり、リリースされた1992年の情勢を肌で感じた世代ではありませんし、
なんならその頃、あやっぺはまだ存在すらしていません。母のお腹の中にも、まだいません。
なぜこの歌を考察しようと思ったのか
有名な曲ですし、平松愛理さんの甘い歌声が好きでときどき聴いています。
なんだかこの『部屋とYシャツと私』、聴くたびに涙が出るんです。
この曲、「毒入りスープ」なんて強烈なフレーズが登場することもあってか、よく「怖い」といわれていると思うのですが、わたしとしては「怖い」という言葉では片付かないものでした。
歌の中の「私」が抱える心のほの暗い部分に向き合って考えてみたい、そう思ったのです。
「部屋とYシャツと私」を読む
1992年リリースということで、今の情勢や慣習と合わない部分も当然見受けられます。
例えば、「時々服を買ってね」とか「きれいでいさせて」とか……
夫婦の在り方によるでしょうけれど、現代なら共働きの夫婦も多いので、アンマッチでしょうか。
とはいえ、今回は歌の中の「私」が抱える心に向き合うことがスコープですので、
あやっぺが感じた部分を中心に触れていきます。
そして、この曲は女性→男性への愛情を描いた異性愛の曲かと思いますので、
その前提で考察していきます。
1. 極端に見える言葉たち

この歌の歌詞の中には、なかなか極端に見えるフレーズが散りばめられています。
全てに触れることは難しいので、私が特に気になった部分を引用する形で拾っていきます。
あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて
私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒にいこう
だけどもし寝言で 他の娘の名を呼ばぬように
気に入った女の子は 私と同じ名前で呼んで
もし私が先立てば オレも死ぬと言ってね
私はその言葉を胸に 天国へと旅立つわ
あなたの右の眉 見届けたあとで
「浮気したら毒入りスープで一緒に」とか、
「気に入った女の子は私と同じ名前で呼んでね」とか、
「私が死ぬときは、オレも死ぬって言ってね」とか!
たしかに、これだけ見るとなかなか強烈な印象です。
2. それは願いではなく「起きてほしくない未来」
でも、これ……
あくまで、「あなた」に裏切られたくない・「あなた」の愛がほしい、
「私」の条件提示の話ですよね。
これをされたら「私」は壊れます。
こうなったら、こうしてね。
ずっと、条件分岐のif/else文ですよね。
「毒入りスープで一緒にいこう」
あなた浮気したら うちでの食事に気をつけて
私は知恵をしぼって 毒入りスープで一緒にいこう
まず、この「毒入りスープ」は、そもそも「もしあなたが浮気したら」の話です。
つまり、「あなた」が浮気をしなければ何の問題も発生しないのです。
「あなた」が浮気などしなければ、「私」だけを一途に愛し続ければ、
この「二人で毒入りスープ」のバッドエンドを迎えることはありません。
少なくとも『私』の中では、「『あなた』が浮気をしなければ発動しない終末」として整理されているように見えます。
わたしには「火に触るとやけどをするよ」「崖際に立つとあぶないよ」くらいの印象を受けます。
火に触れなければいいし、崖際になど行かなければいいのです。
「私」が壊れるほどに傷つくことをしなければいいのです。
それに……「毒入りスープで一緒にいこう」ですよ。
「この私を裏切った貴様を必ずや黄泉の国に送ってやる」ではないのです。
「私」は、この先何があっても「あなた」と同じ場所にいたいのです。
「あなた」の浮気を決して許しはしないけれど、裏切った「あなた」でさえも、愛おしいのです。
「気に入った女の子は 私と同じ名前で呼んで」
だけどもし寝言で 他の娘の名を呼ばぬように
気に入った女の子は 私と同じ名前で呼んで
これについては、言葉の表面だけ見ると「私」の真意と大きくズレていくのだと思います。
まず、前提として、浮気→二人で毒入りスープのバッドエンドという条件があります。
そのため、これは「私」が「あなた」の浮気を許容しているという話ではありません。
「気に入った女性を私の名前で呼ぶならば、浮気してもいいよ」という意図ではないのです。
その真意は「もし浮気をしたならば(するならば)、愛おしげに他の女性の名前を呼ぶあなたの声を聞いた私が心底傷つかないように、間違っても私の前で他の女性の名前を呼ばないでね」なんじゃないでしょうか。
だって、好きな人が他の人の夢を見て、愛おしげにその名前を呼ぶだなんて、耐えられないでしょう。
「あなた」の裏切りを受けてしまった際に、「私」がそれに気がついて壊れてしまわないように、最後の防衛線を設けてほしい。そう伝えているように感じます。
大前提として、「私」は「毒入りスープ」エンドなんて迎えたくないんですよね。
だから、「いつわらないで」と願いながら、「私」が「あなた」と毒入りスープを飲むバッドエンドを迎えないように、「いつわって」と言っているのです。
「私」は「壊れないで『あなた』を愛し続けられる世界を守りたい」だけです。
これを「嫉妬」なんて単純な言葉で、あやっぺには表現できません。
「私」はいったい、どんなに苦しい気持ちで愛する人にそんなこと伝えているのだろう。
「もし私が先立てば オレも死ぬと言ってね」
もし私が先立てば オレも死ぬと言ってね
私はその言葉を胸に 天国へと旅立つわ
あなたの右の眉 見届けたあとで
これは、本当に「あなた」に「私」の後を追ってきてほしいわけじゃないんですよね。
だって、嘘をつくときに右の眉が上がる「あなた」の癖を確認してから逝く、と「私」は言っています。
「私」は人生の最後に、愛する「あなた」からの「僕は君なしでは生きられない」という言葉が欲しいと言っているのではないでしょうか。
嘘でもいい。嘘でもいいから、命を賭して愛していたのだと伝えてほしいのです。
「あなた」はその後も生きていくと「私」はわかっている。
それでも、「君がいなくなったら耐えられない」と言われることで、
自分が確かに愛されていたと信じたまま死にたいのだと思う。
予想されうる愛の供給不足を、人生の終わりぎわでなんとか回収して採算を取ろうとしているように見えます。苦しすぎるやろ!
3.この記事の考察における「私」と「あなた」のペルソナ
ここまで、歌詞を読んできた中で見えてきた「私」と「あなた」について簡単に整理してみます。
私はこの楽曲に登場する二人を、こういう人物像で捉えて読んでいます、という提示です。
正直、何かもっとこれまでの人生の背景みたいなものは感じますけれども、
ひとまずは、歌詞を読んでいく中の必要最低限を捉えてみます。
それぞれがどういう環境で生きてきた人たちなのか、かなり具体的にイメージがわきます。
この歌、すごすぎる。
繰り返しますが、あやっぺ個人の解釈です。
私
- 「あなた」への愛がとても深い人
- 不安が強いことを自覚している
- 理性的。自分がどこで壊れるかをきちんと理解している
- 壊れないために先に線を引く(=理性で踏みとどまるための条件を提示)
- 相手を支配したいわけではない
あなた
- 明るくポジティブな人
- 「私」を愛しているが、安心は供給しきれていない
- ポジティブゆえに、不安を扱うときの感情の温度が「私」と大きく乖離している
- 悪意はない
- 自分のことは、誠実だと思っている
この二人は、加害者/被害者、正常/異常 とかそういった対比ではないけれど、
相手への安心の供給量が非対称なのではないでしょうか。
不安の感じ方の温度差が大きいのではないでしょうか。
なんだかそういう雰囲気を感じます。
例えば、「私」が80で伝えた不安を「あなた」は15くらいで受け取っている気がする。
恋愛に限った話ではありませんが、人間関係における相手との感情の温度差って、
大きいほど心が消耗します。
4. 「私」は壊れていない
前の項で「私」を理性的な人物像として捉えたと書きましたが、
これは、どのラインを越えると自分が壊れるかをきちんと条件として提示している点を見ています。
不安が強くてのまれてしまう人も世界にはいると思うのですが、
「私」の線引きと自己分析が極めて冷静に見える以上、
少なくともあやっぺはこの「私」は「不安だけに呑まれてしまうタイプ」だとは思えません。
不安にのまれて壊れてしまわないように、「私を大事に思うならばこれをしないでね/これをしてね」ってちゃんと「あなた」に伝えている。
決して感情の暴走を起こしているのではなく、「お願い」の言葉でそれを止めようとしています。
「あなた」は、それをしなければいい/すればいいだけです。
そうすれば、「私」は壊れない。
……というか、条件としては相当緩いんじゃないでしょうか。
「きれいでいさせて」とかはちょっと基準があいまいですが、
3日酔いまで許す。浮気しないで。私にちゃんと愛を伝えて。
そもそも、毒入りスープなんて発動しようもないのですよ。
「あなた」が浮気をしなければ。
5. 問われているのは「私」ではなく関係そのもの
終始、「私」は「あなた」の向こうにずっと愛の非常口を見ているようです。
「私」は、これほどまで具体的に、強烈なフレーズを使ってまでお願いを提示しないと苦しい状況にいるわけです。
それほどまでに「あなた」の裏切りの可能性がチラついているわけです。
そもそも「浮気しないで」なんて、心から信じ合える関係なら、そもそも不要なお願いなんじゃないでしょうか。これをあえて「お願いがあるのよ」と結婚前に改めて言い聞かせられる状況であること自体、あやっぺにとっては大きな違和感です。
「あなた」は、おそらく「私」をちゃんと愛している。結婚するのですから、そうであってほしい。
でも、「私」がどれほど不安なのかを、きっと実感できていない。
6. あやっぺがこの歌から受け取ったこと
人は壊れる前に言葉を尽くすものなのでしょうか。
心に防衛線を張りまくって好きな人と結婚する「私」がつらくて……。
あやっぺの涙は、悲しみからくる涙だったんだと理解しました。
あやっぺはこの『部屋とYシャツと私』を受けて、以下を肝に銘じていきます。
- 極端な言葉の奥には理由がある
- こんな言葉を好きな人に言わせる人間に絶対にならない
おわりに
これは私の感じたことの記録です。
印象や、背景の推測などが入り混じったものです。
この曲、女性版関白宣言とか言われたりもしているようですが、あやっぺとしてはあまりピンときません。
どのお願いも、「命令」より「懇願」に近い。
「私」がどうして「毒入りスープが〜」などと言い出したのかまで考えられる人は、
「毒入りスープ」のバッドエンドを絶対に踏まない人なんじゃないでしょうか。
「私」はずっと、「裏切らないでね」って言ってるだけ。
だってこの「私」、まだ壊れてないから。
裏切らなければ壊れないから。
