こんにちは!あやっぺです。
わたしは、自分の配偶者のことを「夫」と呼びます。
他の人の配偶者は「夫さん」「妻さん」と呼びます。
これは、こだわりです。
なぜそのようにこだわるのか……!
言葉にしていきたいと思います。
まえがき
扱っている内容の性質上、「言葉狩りだ」と感じられる方もおられるかもしれないので、
先に本記事の位置づけをお伝えさせてください。
これは、あやっぺがどう感じているかの話です。
誰かに「この言葉を使わないで!」って伝えるような、啓蒙の記事ではないんです。
あやっぺはそうなんだ、自分はこうなんだな、って太めのマーカーで境界を引いて、
この記事をお読みいただけるとうれしいです。
そして、これはこの記事の主題になるところなのですが……
提案されようが啓蒙されようが他者から自己開示されようが、
わたしたちは自分の使う言葉を自分で決められます。
わたしの呼び方
先に書いたとおり、わたしは自分の配偶者について他の人に話すときには、必ず「夫」と呼んでいます。
他の人の配偶者について会話の中で話すときには、「夫さん」「妻さん」と呼ぶようにしています。
相手の配偶者のお名前を知っている場合は、なんとかさん、とお名前で呼びます。
夫のことは「マイプリティーハズバンドが〜」などと半分ふざけて言ったりしていますが、
基本的には、自分の夫は必ず「夫」と表現します。
呼ばれたときの感じ方
そして、
自分が誰かから「奥様」や「奥さん」と呼ばれたり、
自分の夫を「ご主人」「旦那様」と呼ばれたりするのは、あまり好きではないと思っています。
そして、「うーん……」と感じる一方で、
でもこれが敬語として社会通念になってるんだから仕方ない、とも思うのです。
これは「敬語」なので、敬意を持って話してくださっているってことがすごくわかります。
だから、「奥さん」「ご主人」と言ってくる相手がイヤなのではなくて、
これが敬語として浸透している社会がイヤなんだ、ということです。
うまくお伝えできているでしょうか。
だから、目の前の相手に不快を表したり、やめてほしいと伝えることはしません。
不快の矛先は、目の前の人じゃないからです。社会通念がイヤです。
社会通念上しょうがないってわかるけど、それはそれとしてあやっぺはイヤなんです。
しょうがないと思うことと、イヤだなって思うことは別問題なんです。
理解できることと、受け入れられることは違う。
「奥さん」、イヤ
まず「奥様」「奥さん」と呼ばれるのがイヤな理由は、
相関図がないと成立しない呼び方だからです。
あやっぺという個が不在やん!
それと、奥さんって「家の奥にいる人」というニュアンスを感じるのです。
あやっぺは家が好きで家の奥にいるので合ってはいるんですけど……
……って、そういうことじゃなくてですね!
夫と一緒にいるとき、「奥さん」と呼ばれると「夫の妻」の扱いです。
「あやっぺさん」ではなく、夫の「奥さん」。
──夫に対しての、わたしという存在。
「奥さん」は、夫という前提の存在がないと成立しない呼び方ですよね。
これを「相関図がないと成立しない」と表現しています。
例えば夫の会社の人に会ったときに「奥さん」になるのは、そ
の状況だと夫がメインなので(「奥さんか〜、イヤやな〜」と思いながらも)
百歩譲って受け入れられます。
が、夫とあやっぺがフラットに一緒にいるときに「(夫さんの)奥さん」と呼ばれると、
「いえ、わたくしはあやっぺよ」となるわけです。
他の人に対しても、極力「相関図前提の呼び方」はしたくないと思っています。
が、名前で呼ばれるのが恥ずかしくて、奥さんって呼んでほしい、
という方ともお会いしたことがあるので、正解はないのだと思います。
あやっぺはあやっぺって呼んでほしい、それだけ。
「ご主人」「旦那様」、イヤ
次です。
あやっぺの夫のことを指して「ご主人」「旦那様」などと言われるのがイヤなのは、
わたしにとって夫は夫であり、主人(master)ではないからです。
わたしが夫を夫と呼ぶのも、対等なパートナーを表す言葉として選んでいるからです。
最愛の、夫に他なりません。主人じゃない。
わたしたちは一緒に人生を歩いていく対等なパートナーであり、
主と従の関係ではないんだ!と、あやっぺは思うのです。
こだわる理由
これって「めんどくさい」と思われがちな内容だと思うんですけど、
あやっぺは自分がどんな言葉を使い、どんな言葉を使わないかには
かなりこだわりを持っているつもりで生きています。
決して「言葉を変えれば社会が変わる」と思っているわけではないし、
もちろん目の前の人の言葉を変えたいわけでもないです。
「まえがき」に書いたとおり、わたしたちは自分がどんな言葉を使い、
どんな言葉を使わないか、自分で選ぶことができます。
そして、言葉の選び方で、自分の価値観や考え方をきちんと表現していくことができます。
選んでいく中で、間違えてしまうこともある。
間違えたら、また選び直していく。
自分で選んだ「使いたい言葉」を集めて、「使いたくない言葉」をどかして、
「ワード」ローブを育てていくような感じでしょうか!(うまいこと言ったぞ!の顔)
この記事では「夫と妻」の呼び方という、少し議論になりそうな話をサンプルに選びました。
けど、他にもいろいろあるんです。マイルールが。
三人称でも「おばさん」ではなく「マダム」って言う、とか……
他の人から見たら「なんだそれ」ってなりそうなものも含めて。
こだわりのサンプルがいっぱいあやっぺの「ワード」ローブにはたくさんある気がします。
ひとつひとつにちゃんと「その言葉を採用する・しない理由」があるんです。
これをお読みいただいているあなたさまの「ワード」ローブには、
今、どんな言葉が入っていますでしょうか。
さいごに
わたしの価値観がわたしの「ワード」ローブをつくりあげ、
そうやって選んできた言葉たちが、わたしという人間の輪郭をえがいているのだと思います。
現在のわたしの「ワード」ローブは、人生という長い旅路の一瞬の断面でしかない。
そのときの時勢や、自分の価値観で、取り入れたり取り出したりしながらずっと育て続けていくものなんだなと思います。
